Home > エンジンのホンダ > ついには大空へ

君が見た夢

間もなくジェット機が発売されます。これは創業者がかねてからの夢だったのです。しかもそれは私たちにお馴染みのホンダのバイクには既にその印が付いているのです。それはヤマハのバイクに音叉マークのエンブレムが象徴的に付いていることや、BMWのエンブレムが4枚羽のプロペラのデザインであるのとは違い、これからの夢を表しているのです。ホンダのバイクのタンクなどに付けられているエンブレムはどんな形をしていたでしょうか。多くは白い色をしていましたね、そうです羽です。子どもの頃に見たアート・スミスの曲芸飛行が頭から決して離れることはなかったのでしょう。1962年には行動を開始したのですが、なんとホンダとして初めての四輪車である軽トラックT360とT500を発売する前のことです。

ホンダとしてはスバルとの繋がりが強い中島飛行機の下請けをしていましたし、財閥解体などで職を失ったりしたエンジニアなどを受け入れていましたからその地盤は確実にあったのです。しかしながら航空機の研究は細々とという状態で、本業とも言える自動車でレジェンドがデビューした翌年にあたる、1986年に和光基礎技術研究センターが出来てから始まりました。その3年後にはアメリカ合衆国ミシシッピ州立大学ラスペット飛行研究所と提携して、研究棟を自費で建設し運営費を負担して研究を続けます。さらに国産飛行機の動きが出てきてからは、ホンダに移ってきたり引き抜いたりなどでエンジニアが増え地盤固めが強固なものへとなっていきます。バイクや自動車と比較しても、航空機の開発はかなり高度な技術が必要なために時間は掛かりましたが、1993年に小型の実験機MH02がプラットアンドホウィトニィー・カナダ社製エンジンの力を借りて大空へと舞い上がりました。しかしながら直前に巻き起こっていた日米経済摩擦の二の舞を避けるために当時は公表することを避けていました。実験機MH02で作り上げた技術はエンジンを含めすべて自社製でまかなったビジネスジェット機であるHondaJetに受け継がれ、2009年に初飛行を行ない、量産型認定用機体が2010年末に初飛行しています。